マレーシアが発動した「ペルソナ・ノン・グラータ」とは

こんにちは、跳ねる柑橘です。

先日2月13日、北朝鮮の金正恩委員長の異母兄である、金正男氏が暗殺されたという事件がありましたよね。(時事通信特集

この事件の続きの話で、舞台となったマレーシアでこんなニュースがありました。

「マレーシア政府は、北朝鮮のカン・チョル大使を国外追放にした」

このニュースについて、ペルソナ・ノン・グラータという言葉が使われている記事もあります。このゲームタイトルのような必殺技のような言葉はいったい何なのか?今回はこれについて、外交のお話もまじえて書いてみたいと思います。

201735日時点での状況で記載しています。(37日加筆)

(目次)

事件のあらまし

まず、この「金正男氏暗殺事件」をかんたんに振り返ってみましょう。

2017年2月13日、マレーシアのクアラ・ルンプール国際空港で、「キム・チョル」という名前の北朝鮮のパスポートを所持した男性が何者かに襲われ、病院へ搬送中に死亡が確認された。
その後、この男性は、北朝鮮の前最高指導者、金正日総書記の息子で、現最高指導者、金正恩委員長の異母兄の金正男氏であると確認された。(正男氏が腹部に入れた入れ墨がないなど別人ではないかという説もあったりする)
事件についてはベトナム国籍とインドネシア国籍の女性2人に殺害された疑いがある、と韓国メディアが発表し、その後各国主要メディアが相次いで報じた。また殺害にはVXガスという極めて殺傷能力の高い神経ガスが使用されたとされる。
女性2人は実際逮捕され、TV番組の企画だとそそのかされたなどと供述している。そのほか多数の北朝鮮国籍の男が関与したとして捜査、逮捕者も出た。(逮捕された男は後日証拠不十分で釈放、不法滞在として国外退去している)

殺害には北朝鮮の工作員が関与しているとされ、マレーシア政府当局もその線で捜査。在マレーシア北朝鮮大使館の二等書記官が、VXガスの運搬を担当した疑いがあるとして面会を要請したものの、北朝鮮側がこれを拒否。

これに対してマレーシア政府は、
・駐北朝鮮マレーシア大使の召還
・北朝鮮国民のビザなし渡航制度の廃止
・在マレーシア北朝鮮大使のカン・チョル氏に「ペルソナ・ノン・グラータ」を発動
といった対抗措置をとった。

「外交」というゲーム

では、この3つの対抗措置(カード)にはいったいどんな意味があるのか、「外交」というゲームのルールを見ながら考えていきましょう。

今回、金正男氏という個人がVXガスという大量破壊兵器にも使用されうる猛毒で殺害されており、本事件を例にゲームと称するのは失礼かも、と思いました。しかし「外交」にかかわる事件、出来事を見るうえで、国際政治というマクロな視点では多少乱暴にも「殺害」を一事象として捉えること、また、条約や慣習国際法などで表向きながらルールがあるという側面、そしてそうはいっても結局はごり押しパワーゲームであるという側面、双方を判断して事件を冷静に見るうえで「ゲーム」として考えるのも妥当、と考えました。

基本用語

まず、「外交」の基本用語を見てみます。
以下の説明は基本的に、
「外交関係についてのウィーン条約」
「領事関係についてのウィーン条約」
という2つの条約で規定されていることをかみ砕いて書いています。

外交関係についてのウィーン条約:外務省

領事関係についてのウィーン条約:外務省

その他日本が締結している条約についてはこちら(条約|外務省)

外交使節団
国交のある国同士で、一方の国(A国)からもう一方の国(B国:接受国)へ送られる、A国の代表団。
B国に滞在するA国民の経済活動や滞在時のサポートをするほか、B国内で行われる政治儀礼などで、A国を代表して出席する。

特命全権大使
通常「大使」。外交使節団のトップ。B国におけるA国の代表として一人立つとしたら大使。大使館の館長さん。

総領事
漠然というと大使の次にB国で責任のあるA国代表。総領事館の館長さん。

大使館
A国の外交官が集ってお仕事をする館。だいたいB国の首都か近隣にある。

領事館
同上。ただし同じ都市にはなく、日本でいえば大阪や名古屋、福岡など、経済規模の大きな都市にある。一番おおきなとこが総領事館のことが多い。

外交官
外交のお仕事をするA国の公務員。外務省の人。エリート意識が高い(偏見)。階級として一等書記官、二等書記官などがある。

外交のお仕事
自国民の保護、外交事務、情報収集、広報活動、国際交流など。

基本用語はこの辺をおさえて、次に進みましょう。

国交、外交官とは

このカードの効果を見るうえで、まず、北朝鮮とマレーシアには国交があることを確認します。
「え、あたりまえじゃん」
と思うかもしれませんが、あたりまえじゃありません。
現に、日本は北朝鮮と国交はありません。実は日本政府は北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国を「国」として認めていません。国として認める、ということを「国家承認」と言いますが、これを行っていないのです。
国として認めていないので、国交(国同士の交流)も当然ありません。国交がないということは、外交使節団を派遣する関係にないということです。なので日本には「駐日本朝鮮民主主義人民共和国大使館」も「同総領事館」もありません。
同じように北朝鮮に「駐北朝鮮人民共和国日本国大使館」もありません。

ただ、例外はあります。2017年3月5日現在、日本は台湾(中華民国)を国家承認していません。
これは「中国」を現在の「中華人民共和国(中国共産党の統治する国)」として認め、「中華民国(中国国民党が統治する国)」を国家として認めることをやめたためです。いわゆる「一つの中国」論ですね。

それでも、日台関係は一部問題(尖閣諸島問題など)を除くと極めて良好ですよね。政治的経済的交流が盛んなため、大使館業務、領事業務が必要です。なので大使館、領事館的な仕事をする機関があります。
日本にある台湾の施設が「台北駐日経済文化代表処」
台湾にある日本の施設が「公益財団法人日本台湾交流協会」です。

このように、実態として交流がある以上、ルールの枠外で同様の機能を持った施設を用意しています。

台湾外交小話

さらに台湾についてのトリビアですが、現在「中華民国(台湾)」を国家承認して国交を結んでいるのは21か国だけです。
バチカン、オセアニアの島国、カリブの島国、そして南米パラグアイ、中米のベリーズ、ホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、パナマなどです。(コスタリカはない)
これはまあ、バチカンを除くと、台湾総統府が国家承認してほしいがために、いっぱい援助をした国、です。パラグアイなんかまさにこれ。ずーっと独裁していたストロエスネルさんが反共政策をとっていたこともあります。援助金で作られた「蒋介石通り」とかいうのがあるとか。

外交関係

話を国交樹立と外交使節団にうつします。国交を樹立した後、双方の国は相手国に大使を送ります。そしてこの大使をはじめとして、外交使節団の人たちは、接受国の元首などの偉い人に、信任をもらいます。日本だと、新任の大使が着任する際、天皇陛下が信任状を皇居でお渡ししています。

これで大使、総領事以下外交使節団はその国で「○○国の外交使節団」として活動できます。外交官とされる人たちは、本国から「外交旅券(外交官に発行されるパスポート)」を支給されます。しかしいかに外交旅券を持っていても、勝手にやって来て
「俺、大使」
「じゃあわたし一等書記官~」
とはできないわけです。

外交特権

さて、信任を受けたこの外交使節団は、いろいろ特権を持っています。これを外交特権、領事特権といいますが、まあひっくるめて外交特権ということが多い。

まず外交官は、
・民事・刑事・行政裁判による訴追の免除(起訴されない)
・身体の不可侵(抑留・拘禁:留置所や拘置所におかれない)
・住居の不可侵(大使の同意がないと使節団員の家宅捜索はできない)
などが認められています。

また公館(大使館、総領事館、大使公邸、公用車、政府専用機など)は、
・非課税
・通信の不可侵(「外交文書」って書かれた封筒はどんな場所を通る場合も中身を確認されない)
・国旗掲揚権(よく大使館や大使の乗った車にその国の国旗が掲揚されてますよね)
とかがあります。

こうやってみると「なんだよ外交官って好き放題できるじゃん」と思いますが、殺人事件があって、どう考えたってこの外交官が怪しい!証拠もほぼそろってる!とかになると、大使や本国の外務大臣や元首が逮捕や家宅捜索、面会を認めれば、接受国の捜査がこの特権の内側に入ることができます。
まあ、はぐらかしたり、ぼろが出る直前で「急な人事で」本国に召還されたりするのですが。

今回の事件でこのゲームのルールを考える

話を金正男暗殺事件後のマレーシアと北朝鮮の関係に戻します。
マレーシアにしてみれば、いわば異国の要人が自国で殺されたわけです。しかもそれがややこしい北朝鮮ときた。

まず実行犯を捕まえた。捜査をすすめると、どうも大使館勤務の二等書記官(外交官)があやしい。話を聞く必要がある。しかし相手は外交官。大使レベルの許可が必要だ。

しかし北朝鮮政府は
「この男(正男氏)は心臓発作」
「すみやかに共和国国民(正男氏)の遺体を引き渡せ」
「この二等書記官は無関係でいいがかり。拒否する」
と言ってきかない。

マレーシアも国家のメンツがかかっています。国際空港で暗殺。よりによって金正男。北朝鮮のこの態度に怒ります。そして対抗措置にうってでました。

1.大使の召還

北朝鮮に派遣している、駐北朝鮮マレーシア大使を、本国に呼び戻しました。
これが持つ意味とは、
「ちょっと今回のそれはひどいんじゃないの。しばらくうちの代表引き上げるからさ、ちょっと頭冷やして。」
っていうメッセージです。
代表のトップを引き揚げさせるのですから、外交上の極めてメッセージ性の強いカードです。

2.ビザなし渡航の廃止

これは
「お宅は国として信頼ならん。お宅の国民も安心できん。どんな人がお宅からくるかチェックして、来ていい人を選ぶから」
っていうメッセージですね。

日本人にはピンと来ないかもしれません。私たちが外国に行く場合、通常の観光で要する日数であれば多くの国でビザなしで入国可能です。でもこれは、日本が国際的にめちゃくちゃ信用度の高い国だからできていることです。

そうじゃない国や、ちょっと不安のある関係の国同士の場合、短期滞在にもビザが必要なことがあります。というか国民国家制度が確立して以降の国際社会では、本来はビザと旅券セットで初めて、別の国の国境をくぐることができるものでした。それを人とモノとカネの移動が激増したことで、友好国同士や経済的に緊密な国同士で、ビザ不要の特例ができていき、それがむしろ先進諸国界隈ではスタンダードとなっているんです。

そんなビザなし渡航制度を設けていた程度には良好な関係だった「マレーシア―北朝鮮」の関係にヒビが入った、ということですね。
ヒビを入れるほどマレーシアが頭にきた、というべきか。

3.とどめの「ペルソナ・ノン・グラータ」

これはこのニュースが出た夜に私のTweetでも書きましたが、ここで改めて。

上で書いたとおり、大使筆頭に外交使節団は、接受国のトップによる信任を受けて初めて接受国で大使館などを開設してお仕事ができます。
その信任を拒否、取り消しすることをペルソナ・ノン・グラータ和訳して「好ましからざる人物」といいます。
上述の大使召還が、大使を派遣する側の国が行う国交関係フリーズのワザだとすれば、この「ペルソナ・ノン・グラータ」は接受国側が行うトラップカードです。これを受けた場合は、大使はただちに接受国を出ていかねばなりません。追放です。非常に強いメッセージが込められています。
ちなみに「ペルソナ・ノン・グラータ」はラテン語です。

まとめ:マレーシアは真剣に怒っている

マレーシアは、派遣国サイドとして「大使召還」、接受国サイドとして「ペルソナ・ノン・グラータ」という国交関係におけるとても強いカードを切って、北朝鮮を非難しているわけです。

さらに政治的な意味合いの強い上の二つに加えて、「ビザなし渡航の廃止」で経済社会的な交流にも弁を設けました。わりと本気ですね。

また、3つすべてに言えますが、特に「ペルソナ・ノン・グラータ」は国際社会へのメッセージ性も強いカードです。このカードを切ったことで、国際社会に「おいおい、マレーシアのやつガチだぞあれ・・・」
って思わせたわけです。

ふつうに「大使を国外退去」というニュースだけでも、マレーシアがおかんむりであることはわかりますが、こうやってルール(国際法)を参照しながら今回のニュースを見ると、いかにマレーシア政府が強い姿勢で北朝鮮を相手しているかがわかります。

今回は、こういう国際政治ニュースで不謹慎にもワクワクする奴がいるんだよということと、外交ってルールがあるゲームみたいなものなんだよ、ということをお伝えしました。

では、¡Hasta proximo!

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