一人前の音楽プラス新しい可能性を探りたい-指揮者 水野蒼生(Part.3)

跳ねる柑橘(@hoppingnaranca)です。
クラシック音楽家インタビュー、第一弾の水野蒼生さん(@aoi_muzica)。
全4回のPart.3。
今回はクラシック音楽の楽しみ方にフォーカスをあてた
お話。
何人もいるオーケストラのどこを楽しめばいいのか。公演中寝ちゃうのってどうなの?といった話題から、カジュアルにクラシックを楽しむ場づくりを目指すといったお話も聞きました。
また実際にベルリンフィルが行っている野外コンサートについても。

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©Keisuke Mitsumoto

ーー個人的な質問です。クラシックに限らず音楽を鑑賞するとき、ひとつのパートの奏者を集中して見ることがよくあるんです。バンドや楽団はあくまでも全体で完成する音楽ですが、1つ1つのパートを見るのも楽しいと思うんですよね。指揮者、音楽家の視点から見て、どうなんでしょう?

水野
わかります。その点、僕は指揮って演奏者ためだけの指揮じゃないなと思ってます。ここでフルートがきれいな主旋律を奏でるんだけど、そこでチェロがすごい面白い副旋律を奏でてるんだぜってこともあって、そこで僕がチェロのほうをめっちゃ見てあげることでお客さんもそっちを見る。

そういう水先案内人というか、お客さんにとってもガイドとなるのも指揮者かなと思う。いまはこっちを聴いて、ここはこっちを聴いてね、みたいな。そういうことができるのは指揮者の特権だなと思います。

ーー全体でひとつの曲を作ってるんだけど、そこには各奏者がいて、それぞれの気持ちが絡み合ってひとつの曲になっている。そんな感じがします。

水野
一曲の中でもドラマがいっぱいあるのがクラシック音楽なんです。5分くらいの一般的なポップスって、テンポもたいていは一定だし、こういう曲ですって一言で言えてしまうことが多いですよね。でもクラシックだと、たとえば交響曲という一つの作品の中にどれだけの感情が込められてるか。こういう感情や思いがあって、そしたら全然違う表情を見せて……かと思えば最初の旋律が戻ってくる。そのストーリー性が一番面白いところじゃないかなって思います。

©Keisuke Mitsumoto

個人的にはコンチェルトを振るのが大好きで、ピアノコンチェルトなんかだと、ピアノひとつでオーケストラっていったりもするじゃないですか、だからピアノコンチェルトはある意味でセッションですよね。
「お前がそうやってくるか。じゃあ俺はこういくぞ、どうだ」みたいな。そこでうまれるコミュニケーションがとっても楽しくて。ピアノコンチェルトは本当楽しいです。

ーーちょっと聞きにくい質問ですが、たとえばクラシックの曲で、一曲40分くらいあるわけじゃないですか。その時の気分次第では全然音が入ってこない、そんな日も正直あると思うんですよね。

水野
それは全然ある話で、僕も行ったコンサートで寝る時も普通にあります。ただお客さんが寝ちゃうってのはこちら(演奏者側)の落ち度だと思ってます。

ーー寝ると言えば、「クラシックコンサートで寝てしまうのはマナー違反ではない」っていうのをよく聞く。これについて水野さんはどうお考えですか?

水野
自分の中では3段階あると思っています。一番下が「危う過ぎて聴いてられない」。つまり下手過ぎるとか、聴いてて怖い。スリリング過ぎて寝れない、いつ決壊するのか、聴いてて恥ずかしいというか。演奏者の恐怖が伝わっちゃうものですね。
次が「安定してるけどなんの面白みもない」これが一番寝ちゃう奴。でも中には「寝る暇もないくらい良い」ってときもある。これが一番上です。なので自分の中では「寝なかったらそれはいいコンサートだった」と思ってます。自分の中で退屈な演奏だなと思っちゃうと無意識に眠くなっちゃうものなんですよ。

お能(能楽)についてそういう記事を読んだことがあります。ある日、その記事の書き手がお能を観に行ったら若い集団が来ていたんだけど、彼らはずーっと寝続けてた。でもその演目のクライマックスのところだけは彼ら全員が起きていた、っていう内容でした。

そういう、「気」が伝わるっていうのは絶対あると思っていて、それはクラシックも全く同じだなって。だから寝てしまうのも全然いいと思うし、そこで寝てしまったのならそれは演奏側の責任だと思ってます。観客は眠いと思ってしまうことに何も罪悪感を抱く必要はない。受け取り方は自由なんだということです。

眠かったのなら「退屈だった」とか「良く寝たw」とかでいい。でも全然眠ることなく、完璧に曲に入っちゃうときももちろんある。そういう瞬間が大好きです。そういうときは「今日の公演はあたりだったね」ってなれますね。

それこそウィーンフィルを聴いていて寝ちゃうこともありますよ。

ーーなんと。それは、退屈だから?

水野
そうですね、つまらない演奏だなと思った時です。その感じ方は本当に人それぞれだから、それこそ本当に自分に寄せていけるところだと思うんですよね。

派手な演出が無い分、クラシックはとても内面的じゃないですか。本当にわずかな差なんですけど、そこで眠いか寝ないかっていう。それが出ちゃうのも自分の感じ方の違いだし、そこで「今日の演奏よかったね」「俺はつまんなかったわ」っていうのもあるし、それも自由。聴衆に任せてるところがありますね。

スタジアムでのライブで派手なライティングとか、複合的な演出をしちゃうと、良しあしではなくただ圧倒するかんじ。でもクラシックはそうではなくて、聴衆にすべてを任せきってる。聴衆を信頼しきってるとも言います。

それがいいか悪いかっていうのはわからないけど。でもそれ(任せきってるということ)は可能性でもあると思う。じゃあクラシックが有無を言わせない圧倒的なライブをしちゃいけないかっていうとそれは違うと思うし、僕はそれもやってみたい。これまでになかったから。

だからZeppTokyoみたいな大きいライブハウスだったりでオケ1つのっけて、派手なライティングでそこでベートーヴェンやマーラーとかやってみたいです。誰もやったことないから。試してみたいです。それで「やっぱこれ違うね」ってなるかもしれないし、逆に「これいいじゃん!」ってなればそれはいいことだし。だからいままでになかったことを試してみたいっていうのが僕は他のクラシックの人と比べて強いのかなって思います。

そのとき新しいことをするっていうのはやはりイロモノとして見られちゃう。「またよくわかんないけど変なことやってるよ」って思われてしまうっていうのは絶対ある。そうじゃなくて、あいつら派手なことやってるけど、ちゃんとやってるよねって言われるために、音楽の中身もちゃんと作りたい。

派手なライティングとかにも頼らなくていいもの、斬新なデザインのフライヤーに頼らなくてもいい実力があるのに、そういったフライヤーを使ってるって状況にしたい。それがなくても十分一人前の音楽をやってて、それプラスで新しい可能性を探りたい。ないものを補うっていう意味でやりたくはないんです。まだまだ音楽の内面は勉強したい。でも音楽の内面は聴衆に任せてるところはある。最低限の情報だけ伝えてやるようにしたいといまは思ってます。

ーー聴きに来る人について。以前、もっとクラシックをカジュアルに聴きに来てほしいと話していましたよね。

水野
たとえばサンダル姿のお客さんがいたら不快に思う人もいるだろうけど、正直に言うとだったらサンダル履きがいない公演に行ってくださいって思います。

これも無責任に言うだけのつもりはなくて、環境のオーガナイズをしないとなって思っています。たとえば会場。コンサートホール、ライブ会場、野外とあったとしたら、それぞれに環境の変えようがある。自然とそれに合うようにお客さんの服装とか気の引き締まり方とかも変わると思うんです。

超ゆるゆるでコンサートホールに来るのと野外に来るのでは、気持ちの締まり方が違う。だからいずれひとつのプログラムで色んな所でできるようにしたいですね。それができたら、自分に合う環境に聴きに行けるようになるじゃないですか。

この公演は3日間あります。初日はコンサートホール、2日目は大型ライブハウス、3日目は野外ステージでやりますってなったら、「じゃあ俺は騒ぎたいからライブハウスだな」とか、「自分たちはおしゃれしてコンサートホールに行こう」、「うちは家族で野外ステージで」って、自分に合った聴き方ができる。こういうふうにしたいんです。これができたら、場違いみたいな問題は解消できるでしょ。

これができたら、運営側も「この会場ではこういう感じでお願いします」って言いやすくなる。「家族で大人数?だったらこっちがおすすめ」とか言えるじゃないですか。それができればお互いずっと楽になりますよね。まあ、そこまでいくのに3年以上はかかると思いますけど、それを目指して頑張ります。

ーー野外ホール、楽しそうですね。のびのび聴いてみたいです。

水野
ドイツではベルリンフィルとかが毎年やってるんですよ。夏休み前にシーズン最後の公演として。ヴァルトビューネ野外コンサートっていって、大きな公園内に2万人収容のステージがあって、そこを満席にしてやるんです。ステージは客席と比べたら本当に小さいんですけど、会場内にスピーカーがあって、PAをつけてやってるんです。

著者注:ヴァルトビューネ野外コンサート…ベルリンフィルが毎年夏、そのシーズンの最後に行う野外コンサート。ヴァルトビューネ(Waldbühne)とは会場名で、”森の舞台”という意味(Wald(森)+bühne(舞台))。森の中にギリシャの円形劇場をモデルにした舞台があり、そこで演奏が行われる。2017年はグスターボ・ドゥダメル指揮でシューマンの交響曲第3番、ワーグナーのニーベルングの指輪から演奏が行われた。

お客さんたちは野外会場でビールを飲んでソーセージかじりながら、超一流の演奏を聴くっていう。観に行ったことがあるんですけど、やっぱこれ最高だなって思いました。

ブラームスの音楽とか、大自然の中で聴きたいと思える曲ですよね。僕が聴いたときはブラ1(ブラームス交響曲第一番)で。1楽章始まったときはちょうど夕暮れで、4楽章始まる頃にはちょうど陽が落ちて真っ暗っていう、すごいいい時間なんですよ。

クラシックってこういう風に色んな環境に順応できる音楽だと思うんです、他のジャンルよりも順応しやすいんじゃないかな。生音で聴くのはめちゃめちゃ大事なことだし、コンサートホールで聴くのはすごい貴重な経験になると思うんですけど、でも別にそれだけじゃないっていうか。

書かれた当時は当然それしかできなかったんですよね。でも今はPAって技術が発達してるわけで、それを使ってもいいんじゃないって思うんですよね。現代の技術を使えばもっといろんな可能性があるんだから、それを使えばいいのにって思っています。

クラシックをもっとカジュアルにも聴きに来られる場所をつくりたい。そういうのがあってもいいじゃない。というのが水野さんの思いだ。この野外コンサートやライブハウスっていうのは、もっと広まっても良さそうだ。野外は、時の移り変わりと楽曲の進行がリンクした時、とても気持ちよさそうだ。そして、ライブハウスは既に「東京ピアノ爆団」という形で実践している。信念と実力を伴った実行力は見逃せないものがある。

Text by:跳ねる柑橘(@hoppingnaranca

 


水野さんが主宰するグループ「東京ピアノ爆団」。
「ライブハウスで、ガチなピアノリサイタル」を掲げるグループだ。

©Keisuke Mitsumoto

鶴久竜太(@artryuta)、高橋優介、三好駿(@takeru_pianista)という3人の個性的なピアニストとともに、水野さんはクラシカルDJというポジションでライブハウスを盛り上げる。

©タカハシヒロカズ

クラシカルDJとしてはじけてる水野さん。

©Keisuke Mitsumoto

この爆発してる人が三好さん。(会ったことないけど凄い)

この「ピア爆」、この2月に『東西ツアー爆団』と銘打ち、関東と関西で公演を行う。
2018年2月4日(日)@吉祥寺スターパインズカフェ
2018年2月16日(金)@クラブ月世界

詳しくは東京ピアノ爆団の
Twitterアカウント(@piano_bombs
インスタグラム(piano.bombs
を確認してください。

text by 跳ねる柑橘(@hoppingnaranca