クラシックは寄り添って聴くたびに発見がある-指揮者 水野蒼生(Part.2)

跳ねる柑橘(@hoppingnaranca)です。
クラシック音楽家インタビュー、第一弾の水野蒼生さん(@aoi_muzica)。
全4回のPart.2です。
今回は、SNSが全盛の現代における表現のあり方を、音楽の世界にいる身としてどう考えているか、そして彼自身が最もクラシック音楽を届けたいという若者世代にどのようにアプローチするか聴きました。

Part1はこちら

©タカハシヒロカズ

--いま音楽、とくにポップスやロックといった音楽シーンは前と比べて性格が変わってきたと思います。私は今年30歳なんですが、過ごしてきた時代を振り返っても、どんどん変わってきてる。音楽という表現の世界に身を置く若者として水野さんはどう感じますか?

水野
変わってきましたね。いまももちろん音楽は僕たち人々に寄り添っています。けれど、その寄り添うのレベルが絶対に下がってきたと思います。

でもそれは仕方ないことかもしれない。現代のこの環境、音楽配信サービスがあって何だって親指一本で探せて、親指一本で聴けるわけですから。でもそれで聴けちゃう音楽って飽きるのも早いんですよ。

僕がそういう性格だからっていうのもあるけど、「なんかこれいいわー」って気に入っても、果たしてそれを何回聴くか、っていうことです。またすぐ次の曲を親指一本で探せる環境ですから。僕も音楽は全ジャンル好きだし何とも言えないけど、そういう環境になったことで、ものすごく表面的になっているのかもしれないなって。

そこからクラシックに目を移すと、クラシックって少し聴いただけじゃよくわかんないですよね。初めて聞く曲とか、ぶっちゃけ多くが何十分もあるインストの曲でしょ。

そう考えると一回聴いただけじゃ覚えられないし、歌詞もないものが多いから、初めて聴いたときってあんまり覚えられないんですよ。でもだからこそ何度でも聴けるものだと言えると思うんです。聴くたびに新しい発見がある。

それと対比すると、ポップスは良い曲もメッチャあるけど、聴いて歌詞がすぐ聞き取れるから「ああこういうこと歌ってるんだ」ってすぐ理解できるし、サビなんてキャッチーだからすぐ覚えられる。
もちろん何度も聴くこともあるだろうけど、でも一発で分かるってことは人によっては数回聴けば済んでしまうってこともあると思うんですよ。
寄り添う時間がすごく少なくなってるっていうのはそういう意味で言いました。

ーーすぐに手に入ってしまうという環境、それからジャンルによってわかりやすさわかりにくさがある、ということですね。

たとえば、自分がその時代に生きていないからイメージのところもありますけど、70年代だとしたら、若い人がLP1枚買ったらきっととても大事にして、延々とそれを聞き続けると思うんですよ。それ以外に音楽はないから、寄り添う時間がすごく増える。

©Keisuke Mitsumoto

さらにもっと前、LPみたいな音源がない時代ってどうしてたか。たとえばブラームスが新しいピアノ曲出したとします。でもCDもレコードもない中でなにを買うかっていうと、みんな楽譜を買うんです。で、自分で弾き込むんですよ。LPやCDよりもっと寄り添う時間長くなると思いませんか?
もっと寄り添うってことは、親密度が増す。

でもそういう関係は、時代が進むにつれてどんどん薄まってる。深く狭くがどんどん幅広く浅くなってるから、表面的なものばかりがウケて、深いところを見なくなっている。
というか深いところを見る時間が無いんですよね。他のことも忙しいし、音楽をはじめ情報量が桁違いだから。そこが現代で一番難しいところだと思います。一発でわかるものばかりが取り上げられてしまっている。
そうじゃなくて、一回聞いてなんだかわかんないものを何度も聴いて、よくわかんないけど聴くたびに発見がある。そういう時間っていうものをこれから僕らはもっと大事にしないといけないなって。

ーーよくわからないものに何度も触れて理解するとか、それに触れた自分と向き合ったり、ですね。

僕自身クラシック以外の、様々なアートにすごい興味があるんです。正直よくわからないものもあるけど、現代アートとかいろんな作品展とか、できるだけ幅広く見るようにしてるんですよ。それを見て「これ、なんなんだろう?」って考えるのがけっこう楽しいんですよ。

一見しても意味が分からない作品と、延々と自分を向き合わせるみたいな。そういう楽しみ方というか、多分なんの答えもないのにそこに答えを見出そうとするというみたいな、そういうのは楽しいなって最近思います。

芸術ってそういう楽しみもあるなって。だからいきなりクラシック聴いたことのないひとがいきなりシェーンベルクとかウェーベルンとかを聞いて、よくわかんないけどこれにはなにかがあるんだよ……!! って言って、ずっとわかんないまま聴いてても、それはそれで正解だと思うし、そこから何かを得られたらもちろんそれも正解だし。だから、よくわからないものを楽しめるっていう環境を作るっていうのがこれから絶対大事になってくるってことですかね。

著者注
シェーンベルク…アルノルト・シェーンベルク( 1874年- 1951年7月13日)オーストリアの音楽家。20世紀前半において最も影響力の強かった作曲家の一人。無調音楽の追究から 12音技法を確立した。
ウェーベルン…アントン・ウェーベルン(1883年- 1945年)オーストリアの音楽家。こちらも20世紀前半の作曲家として強い影響力を持つ。

ーー音楽以外のものでも、いまコンテンツに求められるのはそういう「時間をかけて向き合う、寄り添う」とは真逆な印象を受けます。ネットが顕著ですが、その他のメディアも
私もメディアに従事していて「中1とか小3でもわかるような簡潔な表現にしないと、ユーザーはすぐ離れていってしまう」、「より直感的にわかるものがいいいったことはよく言われます

水野
それも間違いだとはおもいません。けどそのコンセプトが何十年も続いたとすると、一般の人々の思考レベルってどんどん下がっていくと思うんですよね。

仮にそれがいまだけのトレンドだったらそれでもいいかもしれない。入り口のハードルをとにかく下げる意味であって、徐々に理解を深くしていくっていうのならいいと思います。

でもそれだけとは思えない。結局マスメディアのトレンドや姿勢に人々の思考って合わせていっちゃうと思うんです。だから今一般的な思考レベルがこれくらいだとして、より大勢にわかりやすくするためにそれより低いレベルでコンテンツを作り続けたら、そのレベルに人々のレベルが下がっちゃう。それでまた一段階下げたコンテンツを作る…どんどん下がりますよね。反知性主義じゃないけど、バカ量産社会になっちゃうんじゃないかな。っていう懸念は絶対あると思います。

ーー極端に言うとそうなっちゃいそうな怖さはありますよね。
23歳、まさに若者世代である水野さんが発信のツールとしてSNSを重視されてますよね。これなんかもまさにわかりやすさが最優先とされています。でもその中で水野さんが携わるクラシックはそれとは違う性格を持っていますよね

水野
ある意味矛盾はしてるけど、SNSやメディアは、人がそこに集ってるから使う価値があると思います。表面的か否かの前に、人が集うところに話を持っていかないと誰にも見向きもされないし知られることもない。誰もいない草原で演説していても意味はないってことですね。それだったらどんな場所でも人がいるところにその話を持っていかないといけないってことだと思います。

例えば初演でやったクラウドファンディング(クラファン)は、その存在を知ってて興味ある人はある意味クラシックから最もかけ離れた存在だと思います。O.E.Tメンバーにも「クラファンってなに?」って人がいました。初めてその単語を聞いたって人もいたんですよ。じゃあ逆も恐らくそうだろう、そういう世界からまず始めようっていう。やっぱり僕たちはクラシックを全く知らない人をかっさらいたかったんですよね。

だからいまやろうとしてることは、、クラシックの今ある需要の中からこっちを向かせることじゃなくて、(その範囲外の人たちをこっちに寄せる)ということですね。むしろこっちで自分たちに興味を持ってくれた人たちがそのあとクラシックのほうに流れてくれるようにしたい。なので僕らだけが売れることは……もちろん売れたいですけど、それだけじゃない。それより俺らの先にもっとこんなスゲー世界があるんだぜってことを言っていきたいです。

あとはクラシックを知らない人たちにとって、まずクラシック音楽が堅苦しいとか、難しそうとか荘厳とか、そういうイメージすら持ってない人もいると思うんですよ。全く未知過ぎて。

そういう人にとっては、いきなりO.E.Tなり東京ピアノ爆団なりを知ってもらって、それが普通なんだと思ってもらえたら。これが僕らの普通ですって、新しいスタンダードを作りたいんですよ。そんなことを考えながらいまは、若い世代、自分と同年代にフォーカスをあててます。その方がコンセプトをまとめやすいんです。

ーー若い世代だけにフォーカス、O.E.T初演のコンセプトもそうでしたね。

全ての世代に開かれたって歌っちゃうと、ひとつ方向を作ったときに、じゃあこの世代のことはどうすんの?ってなっちゃうから、結局集まる人がバラバラになっちゃうんです。均等に集まることは絶対ないんですよ。

そうじゃなくてココ!ってペルソナを絞ったほうが良い。じゃあどこに絞るかってなったとき、それは若い世代であるべきだと思うんです。社会を変えてきたコンテンツは若者の支持を集めてきたものが多いと思うんです。たとえばの話、アーティストのPerfumeとか。いま彼女たちは世界的なアーティストになってるけど、その彼女らを世界的アーティストにしたのは40,50代じゃないよね。10代20代なんですよ。

その世代が推せば、その世代をひきつけられることができれば、社会を変えることにもつながる。若者ってなめられたりもするけど実はカルチャー面では一番力を持ってると思うんです。だからこそ若者世代をガッて狙いたいって思ってます。それがスタンダードになれば次の世代の若者もついてくるだろうと。ビートルズを育てたのも当時の若者。その結果ずっと下の世代の僕も10代でビートルズ通ってるんですよ。だからそういうことをしていきたい。

ーー以前、水野さんは「東京は設備面でクラシックをやるうえでとても恵まれた場所」と言っていました。そして初演は渋谷。その東京の中でも水野さんが狙う若者が集う場所です。今後の公演も都内が中心でしょうか。

水野
関東なら都内ですね。あとはなんていうかクラシックのファンって比較的高齢層も多いじゃないですか。その人たちはどうするんだって言われそうですが、ここまで振り切っちゃうかわからないですけど、そういう人たちが行くコンサートは他にいくらでもある。でも若者だけがあつまるクラシックのコンサートってないと思っていて。それを作ろうと思ってるんです。

僕がやってる「東京ピアノ爆団」は、めちゃめちゃ客層若いです。会場がライブハウスだからですね。お酒飲みながら騒ぎながら、最高のピアノを聞くっていうコンセプトです。気持ちが高まれば「イエーイ!」とか叫べばいいし、拍手したいところですればいいし。

©タカハシヒロカズ

でもそういうことに嫌悪感を抱く人も当然いるわけです。でもそういう人は普通のリサイタルに行くべきです。安心して聴けます。

でも普通のピアノリサイタルで叫びたい人、僕がそうなんですけど、声かけたくなる瞬間があるんですよ。その瞬間声を出したい人も絶対少なからずいる。その人たちはもうピアノ爆団にくるしかない。っていうことで僕らはこのスタンスを突き詰めてやっています。

少数派のためっていったら変ですけど、やってることは当たり前のことなんですけど、現時点では少数派のためのものですよね。でもそういうところからカルチャーって育ってきたと思うんです。ロックとかもそう。新しいスタンダードはその時代のマイノリティが造ってきたと思う。だからいま自分がやってるのは、こういう考えの人たち、選択肢が少ない人たちのためっていうのを優先させたいって思ってます。そんな感じですね。

いまのクラシックに新しく若い人たちが入っていくための場所、そして今まで入ってこなかった、入りづらさを感じていた人たちも来られる場所を作る、それが水野さんの活動のテーマのひとつだ。


©Keisuke Mitsumoto

 

Part.2後半に出てきた、水野さんが主宰するグループ「東京ピアノ爆団」。
「ライブハウスで、ガチなピアノリサイタル」を掲げるグループだ。
鶴久竜太(@artryuta)、高橋優介、三好駿(@takeru_pianista)という3人の個性的なピアニストとともに、水野さんはクラシカルDJというポジションでライブハウスを盛り上げる。インタビューで語っていたように、クラシック音楽を聴きながら声を上げてノれる、というスタイルで公演を行っているという。

この「ピア爆」、この2月に『東西ツアー爆団』と銘打ち、関東と関西で公演を行う。
2018年2月4日(日)@吉祥寺スターパインズカフェ
2018年2月16日(金)@クラブ月世界

©Keisuke Mitsumoto

…フライヤー、何かがおかしい(誉め言葉)。

詳しくは東京ピアノ爆団の
Twitterアカウント(@piano_bombs
インスタグラム(piano.bombs
を確認してください。

text by 跳ねる柑橘(@hoppingnaranca